2002年3月に日本から贈って植樹した桜が日本より一足先に満開となり、市民の目を楽しませています。(写真はウズベキスタン日本大使館前の桜)

第2次世界大戦後、60万人を越える日本兵がシベリアに抑留され強制労働に服し、死者は6万人以上と言われます。ウズベキスタンでも約2万5千人の日本兵が働いていましたが、千名近い人達が帰国の夢かなわず帰らぬ人となりました。
ウズベキスタン各地で未整備のまま放置されていた旧日本兵の墓を整備したいという中山恭子ウズベキスタン大使(当時)の願いを聞いて、中山代議士が日本国内で募金活動を行い、2千万円を超える募金が集まりました。
この話を聞いたウズベキスタン政府は、墓地の整備は自分たちがなすべきものであったとして、ウズベキスタン国内10ヵ所の墓地を自ら整備しました。募金のお金は受け取ってもらえなかったので、子供達のためにパソコンなどの教材を日本から贈りました。 整備された墓地の周りに慰霊のために桜を植えようとしたところ、ウズベキスタン政府から首都タシケントの中央公園や大統領府の庭にまで植えてほしいという要請があり、合計1,600本の桜を日本から贈り、植樹しました。中央公園に植えられた400本の桜並木は、その中にある日本庭園とともにタシケントの名所となっているそうです。いずれ桜見物のツアーを計画したいと考えています。