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中山成彬はなぜ日教組と戦うのか

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新着情報 : ごあいさつ

 

暑い長い夏でした。気が付いたら朝晩は肌寒さを覚え、道端に彼岸花が咲いていました。7月21日解散、8月18日公示、8月30日投票日と長い長い選挙戦でした。終わってみれば予想もしなかった完敗。選挙中のあの手応えは何だったのか。きつねに化かされたような思いですが、ご期待に応えられなかったことに心からお詫びを申し上げます。

最大の誤算は公認されなかったことでした。いつでも差し替えるからと言ってくれていた古賀誠選対委員長が東国原擁立劇の失敗の責任を取り、選挙対策委員長を辞任しました。その後の党執行部の優柔不断には本当に情けない思いでした。麻生総理出席の下での全国幹事長会議で、宮崎県連の代表者の中山を公認したら自民党県連を解体するという発言が執行部を怯ませたのでしょうか。自民党県連は勝手に県連公認という御旗をつくり、自民党支援の団体を総動員しました。まさに組織対個人の戦いでした。辛うじて2位を堅持できたことが、せめてもの慰めです。


昨年10月26日に想定されていた衆議院総選挙には出馬しないと表明したものの、その後の10ヶ月、本当に葛藤の日々でした。民主党政権だけは日本に誕生させてはならない、それは国旗国歌を認めない反日政権であり、日本の外交、防衛、教育を危うくするものであるということを訴えて全国を講演行脚して回っていました。しかし、気持はいつも地元宮崎一区の選挙動向にありました。公募で選ばれたことになっている上杉候補が党本部の世論調査によってとても勝てないということ、その相手が政治家にしてはいけない人であるということが私を悩ませました。選挙区内外からの5万人を越える出馬要請の署名が私を出馬に踏み切らせましたが、結果として、最後まで公認を貰えず、惨敗ということになりまして、全国の心ある皆様方を落胆させたことは、まさに私の不徳の致すところであります。県民期待の国交大臣を辞任したこと、そして次期総選挙には出馬しないと表明したことがそもそもの敗因であることは言うまでもなく、幾重にもお詫び申し上げる次第です。

私が一番恐れていた民主党政権がいよいよ誕生しました。表のマニフェストはともかく、裏マニフェストというべき、外交、防衛、教育が本当に心配です。日米関係がギスギスするでしょう。中国寄りがはっきりするでしょう。拉致問題が日朝正常化の旗印の下でウヤムヤになるでしょうか。日本の教育がますます自虐史観になり、また以前のようなゆとり教育に戻ってしまうのでしょうか。

地方経済は疲弊しています。子供手当て月2万6千円が一番効きました。子供が3人いれば7万8千円、地方ではなんとか生活できる金額です。これは国家規模の選挙買収事件ではないでしょうか。しかし、このようなバラマキが長期的な成長戦略に繋がるとは思えません。補正予算を凍結して見直すと言っています。公共事業も大幅に削減されるでしょう。地方の道路を作る財源もありません。何より景気低迷の中で税収が激減しており、主要国税5税の約3分の1が地方交付税交付金になっていますが、来年度は激減するでしょう。減税項目が並ぶ中で増税しないとすれば、国債発行に頼らざるを得ませんが、これ以上の国債発行はクラウディングアウトを招き、国債金利の上昇は国家財政を更に苦しめるでしょう。年末にかけての来年度予算の編成は本当に苦しいものになりそうです。お手並み拝見という気持にはとてもなれない心境です。

翻って、自民党の惨敗は有能なこれからの逸材をたくさん失いました。自民党の再生も極めて困難が予想されます。このどん底から立ち上がって、もう一度自民党が政権を奪取し、自民党の立党の精神に立った日本の再興ができるのでしょうか。その間、日本は大丈夫か心配するとキリがありません。今は気の遠くなるような思いで中央政界を見つめています。

最後になりましたが、なんとかこの苦境から出して再び中央政界で、保守政治の再生、日本の再生を図ることで皆様に御恩返しできる日が来ることを肝に銘じて頑張って行きます。

 

   平成21年9月吉日

                               中 山 成 彬

 


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