民主党の単独過半数は絶対に阻止しなければなりません 一昨年秋、国交大臣に就任した私は、「日教組発言を撤回しなければ予算委員会に応じない」という民主党の要求の前に、撤回しないまま国交大臣を辞任する道を選びました。
私は文部科学大臣を務めていた時から、日教組が日本の教育を歪め、学校現場を混乱させていることを知っていました。また、その事務局が野党再編の中で旧社会党から民主党の事務局に入り込んで、政策立案を主導して「外国人地方参政権」「夫婦選択別姓」「人権擁護法案」「外国人移民1千万人計画」等々、我が国の安全を危うくし、日本の美しい国柄を損ね、「日本解体」に繋がる政策を作っていることを知っていました(インデックス2009)。
私は民主党への政権交代が現実味を帯びる中で、国民の皆さんに「民主党では日本が危うい」という警鐘を鳴らしたかったのです。
私が懸念したように、民主党政権が誕生して約10カ月、不安定な政局が続きました。「政治とカネ」「普天間問題」に翻弄され、その結果、「夫婦選択別姓」や「外国人地方参政権」などはまだ国会に提出されず、国民の理解は進まないまま今日に至っています。
不人気の鳩山首相が退陣し、菅内閣が誕生した途端に支持率が急上昇しました。これを見て民主党は一挙に参議院選挙に突入することを決めました。予算委員会での審議もやらず、ひたすらボロを隠し、危険な正体を隠したままです。
もし、参院選で過半数を制すれば、民主党は「民意を問うた」として、いよいよ暴走を始め、正体を現すでしょう。日本解体に繋がる法案を次々に成立させるでしょう。強引な国会運営は通常国会の終盤で証明済みです。民主党は一党独裁の社会主義政党なのです。私は、この事を広く国民に知らせる役を担おうと全国比例代表に出馬することを希望しました。
かつて経済産業大臣と副大臣という関係でお仕えし、政治信条がまったく同じの平沼赳夫「たちあがれ日本」代表にお会いし、私を全国比例代表に出馬させてほしい旨お願いしました。平沼代表とメンバーの先生方の承諾を得て、7月11日投票の参議院選挙に出馬することになりました。
日教組発言以来、私を支え続けてくださった皆様に心から感謝申し上げます。何の組織も支援団体も持たない私です。これからもお一人お一人の皆様のお力だけが頼りです。
私達には先人から受け継いできたこの祖国をしっかり守って次の世代にバトンタッチしていく責任があります。今、景気低迷で大変苦しい経済情勢です。菅首相は「増税しても使い方を間違えなければ景気は良くなる」と言っていますが、そんな事はありません。このことは平成7年に消費税を3%から5%に上げた時に経験済みです。
私は当選出来ましたら、「打ち出の小槌」とも言うべき救国の経済政策を提案し、超党派的に協議したいと考えています(平沼先生も同じ考え)。
少子高齢化が進む中で日本にとって残された時間はあまりありません。日本を建て直すため、しっかりした保守の政治と経済運営のためにこれからも誠心誠意頑張って参ります。最後までのご支援を宜しくお願い申し上げます。
中 山 成 彬
たった一度の敗戦で日本を失ってはならない
―戦後シンドロームから脱却をー
去る4月10日、日比谷野外音楽堂で約2,000名の参加を得て、私を塾長とした「過去現在未来塾」の発足式を行いました。その後各地で講演会を開いて活動しています。
塾の趣旨は「自分達を日本民族の長い歴史の中の大事な「一存在」として自覚し、日本人として生まれた事に「誇り」を持ち、これまで命と伝統、文化を繋いでくれた先人に「感謝」の念を持ち、この国をより良い国にして平和の内に次世代に渡して行く「責任」を果たそう」というものです。
歴史を遡ってみると、日本は周囲を海に囲まれた島国のせいもあって、外国からの侵略に脅かされることが少なかった。元寇のときは鎌倉武士の勇猛な戦いと神風に助けられました。明治維新の時はアジア諸国が次々と列強の植民地になる中で、外国勢の介入を許さなかった先人の叡知(えいち)に感心し、感謝します。
去る5月27日は105年前、日露戦争で日本艦隊が奇跡的にバルチック艦隊を撃破した日でした。もし、この一戦に負けておれば、日本はロシアの植民地になっていたでしょう。今日の日本があるのはまさに先人達の「勇」と「知」と「心」、そして流されたたくさんの汗と血のお蔭といえるでしょう。
しかし、先の太平洋戦争の敗北の影響は大きかった。侵略された経験がなかったために、負け戦への免疫力が弱く、したたかさもなかった。ここが同じ敗戦国でも、何回も修羅場を経験してきたドイツが独立を回復して、すぐに自主憲法を制定したのと違うところだと思います。
終戦、進駐してきた占領軍を解放軍として受け入れる一方、一部の軍人や為政者に戦争責任を押し付けて、自分達は関係ないと責任免れをしてきたのではないでしょうか。未だに、祖国のために死んでいった若者達を奉った靖国神社参拝を拒否する人達がいます。115万体といわれる旧戦地の戦没者の遺骨収集も遅々(ちち)として進んでいません。
占領中、GHQは日本が二度と自分達に歯向かってくるような強国にならないようにと「日本弱体化戦略」を遂行しました。厳しい検閲や報道規制を行い、東京裁判やNHKの真相箱という番組を利用して、自分達日本人が悪かったという「自虐史観」を刷り込みました。
しかし、東京裁判を主宰したマッカーサーは、アメリカに帰って1951年、米上院で「先の大戦は日本のもっぱら自衛戦争であった」と東京裁判を否定するような表現を行なっています。このことを知っている日本人はほとんどいません。教科書でも全く取り上げられておりません。
原爆を落とされたのに、「ノーモアひろしま」を「二度と過ちは繰り返しません」と反省し、朝鮮人の強制連行を非難され、裁判まで起こされているのに、ソ連に強制抑留された60万人についての補償を求める事など考えも及ばない日本人です。GHQの目論みは見事に成功したのです。
昭和27年4月、サンフランシスコ条約により独立を回復しましたが、折からの朝鮮特需に乗って、景気が良くなり、そのまま戦後の経済成長に突っ走りました。そして、自主憲法の制定や教育基本法改正といった「基本的な国創り」を怠り、防衛はアメリカに委ねる軽武装戦略をとり、防衛を考えることは悪いことであるかのような風潮になりました。この防衛という一番戦略的な思考を必要としなかったために、今、日本人はあらゆる分野で戦略的な思考さえできなくなっています。
一方で、占領下に入ってきた個人主義の影響で、日本人は自分さえ良ければ、今さえ良ければいいという利己主義、刹那主義におかされています。欧米の個人主義は一神教の下で、「現世では神様を信じ、いい子でいますから死後は天国に召して下さい」という神との契約に基づく自己規律的なものです。
しかし、苦しい時の神頼みという言葉があるように、八百万の神々のいる日本では神様は恐い存在ではありません。昔は世間の目やお天道様がブレーキ役を果たしていましたが、自由と権利が声高に叫ばれ、義務と責任を教えない戦後教育と相まって、日本では「個人主義」が「利己主義」に変質して、今の社会風潮になっているのだろうと考えます。
子の親殺し、親の子殺しのニュースが流れない日はありません。命の大切さを教えていないから、男女の仲が優先し、邪魔な子供を邪険にしたり、虐待するケースが多くなっているのだろうと思います。日本人は本来、そういう民族ではなかった筈です。
日本人は四季折々の季節の中で、自然と共存し、他人と共生しながら生きてきました。大昔から、渡来するさまざまな文明文物をより分け、悪いものを排し良いものを受け入れ我がものとしてきました。それができたのは、日本人の強くしなやかな優しい精神構造にあるのではないでしょうか。
ハンチントンが言うように、世界にただ一つの「一国一文明」の珍しい国です。人種や宗教的対立による紛争が絶えない世界になって、日本人の果たせる役割は大きいのではないでしょうか。30数年前、アメリカに勤務していた時、バイセンテニュアルという建国200年祭が行われました。アメリカ人から「我々は建国200年、古い歴史を持つ日本が羨ましい」と言われた事を思い出します。天皇を中心にして独特の伝統と文化を育んできた日本です。私達は日本人としてもっと自信と誇りを持って良いと思います。
しかし、今、国旗国歌を認めない左翼勢力に乗っとられた日本は、考えようによっては歴史上、最大の国家崩壊の危機に直面していると言っても過言ではないと思います。日本を取り巻く国際情勢、とりわけ近辺は油断がならない状況になっています。
有史以来、たった一度の敗戦でこの素晴らしい祖国を失ってはなりません。先人に対しても申し訳ありません。我々は覚醒(かくせい)しなければなりません。日本を守るために日本精神、日本人魂を再生させることが今求められています。
中 山 成 彬






