ウズベキスタンに咲く日本の桜」
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終戦時、60万人の日本人がシベリアに抑留され、強制労働に服しました。うちウズベキスタンに強制移送された2万5千人の日本人のうち、1,000名近い人が帰国の夢叶わず遠い異国の地で亡くなりました。見捨てられた土まんじゅうの墓を見た中山恭子ウズベキスタン大使が夫である中山成彬代議士に事情を話し、2001年から「日本人墓地整備と鎮魂の碑建設」募金を行い、ウズベキスタンの10ヶ所の墓地を整備し、2002年3月、周囲に“日本の桜”を植えました。
併せて、日本とウズベキスタンの友好の印として、中央公園や官庁の庭等に1,300本の桜(2004年に350本追加)を植樹しました。ウズベキスタン政府が監視までつけて見守っており、桜木は年々成長し、今年もきれいに花をつけています。
抑留経験者を中心に今、九州から桜見のツアーの一行がウズベキスタンを訪れています。いずれワシントンのポトマックの桜に劣らない桜の名所となることを期待しています。
(詳細は中山恭子著「ウズベキスタンの桜」KTC中央出版に記述されています)






中山成彬より


